☆ 一見 しっかりしてるよな? でもでも やっぱり おとぼけて おとぼけ街道 まっしぐら ☆  

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シリーズ:おさなものがたり
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おばあさん(母方の祖母)の家には、物心ついた時から、
“寝んねのおじちゃん“と呼んでいたおじいさんがいた。
泊まりにいくと、おじちゃんは、決まって色々なおとぎ話をしてくれた。

おじちゃんは、取り分けママさんをかわいがってくれた。
きっと、ママさんがおじちゃんの家で生まれ、何年か母とそこで暮らしたからだと思っている。

母は、お大臣様の次男と恋愛をした。貧乏百姓の娘は気に入らん、大本家の恥だ!
とばかりに、父方の祖母が猛反対をしていたので、結婚をして子どもが生まれたのに
一緒に住めず、母と私は、母の実家、つまり、おじちゃんの家で数年を暮らしたのだ。

曾祖父の弟である彼は、10代の時、
屋根から落ち、歩くことも起き上がることもできなくなった。

その日以来、奥まった3畳ほどの部屋で
五十数年の寝たきりの日々を送り、70歳で生涯を閉じた。
母親→兄の嫁→甥の嫁→甥の長男の嫁と世話になり続けたその生涯は
何とも想像し難いが、やりきれないことも多かったことと思う。

おじちゃんは、彫りの深い鼻筋の通った、
涼やかな眼差しをした、なかなかの男前だった。

そんな、床に伏したままの厳しい環境の中を生きてきたのに
穏やかな優しい性格で、その上、大変賢く、物知りな、
思慮深い人柄で、寝たきりとはいえ、いつの頃からか、
近所の人たちの相談役になっていたようだった。

当時は、読み書きが得意でない人が多く、
字や筆字などを書かねばならぬ時は頼みにも来た。
恋文はもらったが、何が書いてあるのかわからず、
それを読んであげて返事も書く、そんな代筆も頼まれることがあったらしい。
左で書くのに、見事な字を書いたという。

おじちゃんのこんな陰の力で、見事ゴールインできたカップルもいた。
寝ていても、愛のキューピット役ができるんだな~
おじちゃんも、さぞ、うれしかったことだろな~
おじちゃんのやさしい笑顔が目に浮ぶ・・・・・

起き上がることもできず、身体を少し斜めにできるくらいで
横になったり、寝返りを打ったりすることもできなかったおじちゃん・・・・・
おじちゃんは、夏でさえも、厚めの掛け布団を掛けていて、
肩から下は一度も見たことがなかったが、ガリガリに痩せ細っていた。
右手は全く機能せず、もっぱら左手のみの生活だったが、
器用な人で、左手一本で何でもできた。

日常は、ラジオをよく聴いていたし、新聞は隅々まで読んでいた。
生き物が大好きで、枕元でジュウシマツやメジロなど、
何種類かの鳥をいつも飼っていた。
鳥たちが砂浴びをするせいか、枕元の辺りはいつもジャリジャリだった。
近所の人がヒバリの卵をみつけては持って来るので、懐に抱いて生やしてあげ
また野に帰す、そんなこともしていたという。

おじちゃんの住む家は
ママさんが通った“丘の上の中学校”の数軒東にあったので、
よく下校の折りに寄ってきた。
この時はもう、祖父も祖母も亡くなり、寝んねのおじちゃんは、
甥の長男の嫁の世話になっていて、この若夫婦とおじちゃんの3人暮らしだった。
このお嫁さんも、嫁いで来たその日から、
寝たきり老人の世話をしなければならず、
さぞかしご苦労なことであったと思う。

この夫婦、共働きで昼間は留守なので、ママさんは中学校の帰りに
「お~~~じちゃん」っと時々寄ってみた。
おじちゃんは、
「顔を洗いたいから、洗面器に水を汲んできてくれや~」
「湯飲み茶碗に水をくれるかい」
「トイレに、これ捨ててきてくれや~ こんなこと頼んでわり~な~」
・ ・・・・その時々に、せっかく寄ったママさんの出番を作ってくれた。

南に廊下があり、その北に8畳の間、その北の3畳がおじちゃんが寝ていた部屋だ。
そこに、南枕で寝ていたので外の様子が見えない。たまには外も見たいであろうと、
ある時手鏡をこっそり持っていったことがあったが、身体が自由に動かないので
うまくいかなかった。今の時代に生きていたら、入浴サービスやら何やら
色々な介護が受けられ、同じ寝たきりでも、快適な生活が送れたであろうに・・・

ある時、いつものように寄ると
寝んねのおじちゃんは、今までに一度も聞いたことのないことを言った。
「氷が食べたいな~~~」と言うのだ。
人に優しい気配りはしても、自分が、あ~したい、こ~したいと
わがままを言ったことがない人だから、おじちゃんがこう言うんじゃ~
よっぽど食べてみたいんだ!!っと思ったママさん、
「おじちゃん、ちょっとだけ待ってて!!」
と言い残し、家に飛んで帰り、少しだが氷を持って行って食べさせてしまった。
おじちゃんは、うれしそうに喜んで食べてくれたので、こちらも喜んで帰ってきた。
それから、しばらくした9月のある日、寝んねのおじちゃんは、亡くなってしまった。

冷たいものを食べ慣れないおじちゃんに、氷をいきなり食べさせたので、
心臓が驚いてしまったのかもしれない・・・・・
あの時、氷なんか食べさせなければ・・・・・今でもそう思っている。

最後に、望んだものが食べられて、
寝んねのおじちゃんは、きっとしあわせだったと思うよ!!
っと母が言ってくれた。

今は、この悲しい思い出の氷が大好きで、
一年中、マイボトルに沢山の氷を入れた冷たい水を
どこに行くにも持ち歩いている。
もちろん、寝る時にも、枕の横の
すぐに手の届く所に、ちゃ~~んとあるのだ
コメント
この記事へのコメント
優しいモンママさん
今のように便利なモノのない時代、
想像を絶するおじちゃんの生活だった事でしょう。
そして、周りの人も・・・・

学校帰りの、モンママさんの訪問、多分、何よりも楽しみにしていたと思いますよ。
氷を食べて、亡くなった訳ではないでしょうが、それを責める。素直で優しいモンママさんが目に浮かびます。
お母様が言われた通りです。
おじちゃんは、最後に氷を食べて幸せだった事と思います。

2007/07/25(水) 03:08 | URL | ヒロたん #-[ 編集]
50数年ですか・・。
モンブランママさん、気が遠くなるような年月ですね。
おじちゃんは近所の人の相談相手になったり穏やかな人柄だったとの事。
ご本人も周りの人も想像のつかないご苦労があったことでしょうね。

四代にわたってお世話した女性達。
モンブランママさんの訪問も、きっと楽しみにしていた事でしょうね。
氷が食べられて幸せだったのではと思いました。

悲しい思い出の氷・・ママさんは優しいです!


2007/07/25(水) 14:56 | URL | チャトラン #-[ 編集]
寝んねのおじちゃん
モンママちゃん!
すてきな物語をありがとう!
しばし、昔々のモンママちゃんの中学生時代に
遊ばせていただきました。
モンママちゃんは、本当におりこうさんでしたね!
おじちゃんに代わって不肖わたくしが、
“ ありがとう!”を言わせてもらいます。
おじちゃんは、ずっと天国からモンママちゃんを見守ってくれてますよ。
今でも、ずっと。
モンママちゃんは、賢い女の子でしたね!
最後の氷は、末期の水でした。どんなにうれしく食べられたことでしょうか!!
私まで、うれしいです。ありがとう!ありがとう!ありがとう!今日はしんみりしてしまいました。
2007/07/25(水) 18:38 | URL | をちかたびと #YrGnQh/o[ 編集]
いや、ちがいますよ。慣れない氷をたべて云々じゃないです!!!よく年寄りが「あぁこんあ美味しいものを食べて、寿命が伸びた!」と言いますよね、まさにそれです。おじちゃんは、こんなことを言ったら失礼ですが、この氷を食べていなかったら、もっと早くにママさんたちとお別れしたかもしれません。ママさんがたまに学校の帰りによって「おじちゃん、こんにちは」と声をかけて上げたこと、おじちゃんには何よりの幸せだったと思います。自分も体が丈夫なら子供も孫もいて、幸せな家庭が持てたのになと、ママさんを見ながらきっと思ったことでしょう。そしてひとときでもその幸せに浸る時間をおじちゃんに上げたママさんの優しさ、おじちゃんにはとっても楽しい時間だったと思います。おじちゃんは今でもきっとママさんのことをいつも見守ってくれていますよ。だからこうしてたまにおじちゃんのことを思い出して上げましょう。またママさん、良い話を聞かせて下さいね。
2007/07/25(水) 20:31 | URL | アサヒ #-[ 編集]
☆ヒロたんへ
今でさえも、介護は大変なのですから、おじちゃんの
生きた時代は、なおの事だったでしょうね。
介護する側もされる側も、お互いその立場にたってみれば、
言うに言われぬ、忍ぶよりほかない苦労があったことと思います。
なにせ、長道中だったですから・・・・・
2007/07/25(水) 23:27 | URL | otobokemama #raLI/NDk[ 編集]
☆チャトランさんへ
本当に気が遠くなるような年月を、寝たまま生きましたね。
身体は不自由でも内臓は丈夫だったんでしょうか。
それにしても、人の手を借りなければ何もできない状態で、
50年以上もの年月を、心を元気に保ちつつ生きるのは、
よほどの精神力の持ち主だったのでは?と察します。
やっぱり、おじちゃんはエライ人だ~っと
この歳になって、しみじみ思います。
2007/07/25(水) 23:42 | URL | otobokemama #QfNrdUV.[ 編集]
☆をちかたびとさんへ
あの氷は、やっぱり、末期の水だったんでしょうか? 
そう言っていただけると、どんなに心が安らぐかしれません。
ありがとうございます!! おじちゃんは、死に行く、父を母を、
世話になった兄弟夫婦や甥夫婦を、動けぬその床から見送り続けましたが、
その与えられた命をしっかりと行き、70になり、やっと自分にもお迎えが来たと、
案外穏やかな気持ちで旅立って行ったのかな~~
・・・そんな気もしていますv-360
2007/07/26(木) 00:07 | URL | otobokemama #raLI/NDk[ 編集]
☆アサヒさんへ
そ~なんです。おじちゃんは、ママさんが行くと、とても喜んでくれました。
だって、ママさんは、おじちゃんの孫みたいなもんですから~ 
赤ちゃんの頃ね、おじちゃんの布団に入って、
懐寝をしちゃったこともあったんですって!! 悲しみも笑いに変えて、
いつも明るく振舞い、前向きに生きていたおじちゃんは、とても尊敬できる人でした。
2007/07/26(木) 00:21 | URL | otobokemama #raLI/NDk[ 編集]
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